マナマカニ

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水滴からのひろがり

今週も斎場御嶽からの写真です。

これ、なんだかわかりますか?
th_DSCF0191のコピー2

この壺は鍾乳石から滴る水を受け留めているのですが、
写真はまさにその瞬間。




全体はこんな感じ。
th_DSC05957.jpg



左がシキヨダユルアマガヌビー
右(一番上の写真)がアマダユルアシカヌビー
th_DSC05954.jpg

神様の聖なる水とされ、神聖なる儀式や祈願、
占いなどに用いられたそうです。


ガイドさんの話では、雨などが染み込み、
それが鍾乳石を通って雫になるまでに二週間ほどかかるとか。


th_DSC05956.jpg

雫が落ちる間隔は数十秒。
そこに全神経を集中して息を詰めて、その瞬間を待つ・・・
時間が経つのを忘れそうでした。



もし一枚目の写真だけを見たら、
みなさんはどんなことを想像したでしょうか。

壺の大きさや、
水滴がどこから落ちてきたのか、
どんな意味があるのか、

もしかしたら面白い答えがたくさん出てくるかもしれませんね。



奇しくも飛行機の中で読んだ浅田次郎さんのエッセイのタイトルが
『人間は考える葦である』
でした。

最近はわからないことがあるとすぐにスマホなどで調べて答えをみつけてしまうけれど、
昔はわからないなりにみんなであれこれ想像して、議論して
それがとても楽しく、そこから学ぶ力や考える力もつき有意義であった、というそんな内容でした。

あー、たしかにそうだなぁ。



確かではないものについて、

あーじゃない?
こーじゃない?

と想像と思考の翼を広げてわいわい呑むお酒は楽しいよなぁ。



聖なる水の冠にヒントをもらい
自分で考える面白さと好奇心を大事にしよう、
それが中年の脳活にもなるかも、などと考えている今日この頃です。



それではまた。